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once upon a time,

Iris Tradをビール片手に聞くのが好きなエンジニアが、機械学習やRubyにまつわる話を書きます

「ネットフリックスの時代」にはコンテンツの山に埋もれなさせないためのヒントが詰まっていた

backspace.fmでもよくゲストに出ている西田宗千佳さん(@mnishi41)の書かれた、「ネットフリックスの時代−配信とスマホがテレビを変える」読んだ。

一言で言うと、Netflixは「イッキ見」という新しいスタイルを中心とした視聴スタイルを作り出し、次々コンテンツを見せるためにレコメンデーションが存在している、という内容だ。

西田さんはテレビとかガジェットを中心としたジャーナリストだが、よく取材されていて非常にわかりやすく書かれていた。 特に、Netflix周りの事だけでなく、国内のdTV周りの取り組みや対比としてのApple Musicまでのストリーミングミュージックの流れがコンパクトにまとまっていた。

特に4章、5章の音楽と映像コンテンツの対比がぼやっと考えていたところを整理してくれてよかった。

プレイリストという考え方は短い時間で消費するコンテンツの反復利用性をベ ースに組み立てられた考え方

音楽の性質としてその反復性示して、映像はそこまで反復して楽しむものではないという特性の違いを明らかにしている。言われれば当たり前なのだが、レコメンデーションをする立場としては、ECサイトでの購入みたいな繰り返しの少ないものと、音楽のような反復性の高いものでは使う手法が違ってくるし見せ方も違うということが再確認できた。きっと、レシピはその中間くらいなんだろう、ということも見えてくる。

また、見放題系のサービスでは、コンテンツが増えてきて何があるかわからなくなるということが往々にしてある。結局見つからないコンテンツはないと同じとバッサリ言ってしまう。グーグルの時代以降検索ができれば良いという発想に成りがちだったが、「いかにコンテンツとの出会いを提供するか」が肝で、検索はその部分の一つでしかないということを改めて意識させられた。そうした背景を前提にすれば、SpotifyやNetflixがレコメンデーションを自然に忍ばせるのは納得感がある。 サービス体験の中で自然にレコメンデーションを忍ばせるのは結構注力しようと思わないと、取って付けた感しかでなくて受け入れられない。 Spotifyのある曲を中心とした類似曲の自動ラジオや、Netflixのおすすめ動画がホーム画面を埋め尽くすのは良い表現方法である。

今やNetflixだけでなく、dTVも裏で人手でのメタタグの作成を頑張っているということが書かれており、5章では自動Appleのプレイリスト方式(自動でプレイリストを生成して人手でチェックをしているらしい)とラジオ方式(曲やアーティストから類似曲でラジオを生成する)の比較がなされている。個人的にはプレイリスト方式の方が納得感のあるコンテンツを得られて好きなのだが、USでは開発速度に勝るラジオ方式のサービスの方が広まっているようだ。日本国内でもソニーのMusic Unilimitedがプレイリスト方式取り組んでそのプレイリスト増える速度が遅くて結局Spotifyベースにピボットした事例もあるらしい。一見思想的に良さそうでもビジネス的に最適解ではないというのもあり得るのである。

これ踏まえた上で、レコメンデーションのトップ会議RecSys2015のNetflixとSpotifyの人々によるチュートリアルを見ると、タグの話が全く書かれていなくて頭を悩ませる。多分特徴量の一つになってるのかな。

www.slideshare.net

実は、この本を読む前にドワンゴの川上さんの「鈴木さんにもわかるネットの未来」も読んでいたのだが、電子書籍が良いというのはイデオロギーであり宗教だ。音楽を見るとCDから電子に移行してビジネスモデルが変わる度にビジネスがシュリンクしている、という旨の事が書かれていた。西田さんはテレビからスマホが隙間時間を奪っているため定額制の配信サービスに以降するのは自然な流れ、と書いているが、ビジネスのパイは小さくなるような気もする。両者に主張を比較するのも面白いだろう

コンテンツに埋もれる時代に、どのように多様なニーズに応えるのか、多分UGCだとアプローチは違うのかもしれないが示唆に富んだ一冊である。